1985年 春季第5ブロック予選  1回戦】於 市原臨海球場1985417
1 2 3 4 5 6 7 8 9 5回コールド
市川工 0 0 0 0 0         0
検見川 3 0 6 1 ×       10
検見川 : 池田、藤原 - 北居
本塁打 : 小松 (検)、3塁打 曽根(検)、2塁打 田口、池田 (検)
1985年 春季第5ブロック  代表決定戦】於 市原臨海球場19854月22日
1 2 3 4 5 6 7 8 9 5回コールド
暁星国際 0 0 0 0 0         0
検見川 2 2 3 2         10
暁星国際  : 羽山、宇賀神 ‐ 長田
検見川    : 池田 - 北居
2塁打 : 大名、河合、田口 〈検〉
1985年 春季県大会野球 1回戦】於 千葉公園球場19854月28日
1 2 3 4 5 6 7 8 9 6回コールド
柏日体 0 0 0 1 0 0       1
検見川 0 0 0 0 3 8       11
柏日体    : 佐々木 ‐ 黒沢
検見川    : 池田 - 北居
2塁打 : 加藤2、池田、大名 〈検〉 
柏日体 1 2 3 4 5 6 7 8 9
5 8 1 3 4 6 9 7 2
佐藤 小松 佐々木 古川 荒井 山口 持田 門脇 黒沢
検見川 1 2 3 4 5 6 7 8 9
8 4 6 3 7 9 1 2 5
近藤 加藤 河合 主・田口 小松 曽根 池田 北居 大名
学年 3 2 3 3 3 2 3 3 3
出身中 磯辺一 磯辺一 習志野三 花園 幕張 花見川一 高洲二 高浜 高浜
打数-安打-打点 3-0-0 4-3-2 1‐0‐1 3‐2‐2 4‐0‐0 2‐0‐1 3‐2‐2 3‐2‐1 3‐1‐2
検見川、大勝
検見川は5回、先頭の池田が右中間に2塁打。続く北居が四球。大名の3塁ゴロでそれぞれが進塁。加藤の2塁打と田口の
3塁後方のポテンヒットで3点。6回には4四死球、大名の右中間2塁打などで一挙8点を挙げ、検見川が6回コールド勝ちを収めた。
1985年 春季県大会野球 2回戦】於 天台球場19854月30日
1 2 3 4 5 6 7 8 9
検見川 0 0 0 1 0 1 0 0 0 2
土気 2 0 1 0 0 1 0 0 × 4  
検見川    : 藤原 ‐ 北居
土気      : 島本 - 高橋
3塁打: 藤原(検) 飯田(土) 2塁打 島本〈土〉 
検見川 1 2 3 4 5 6 7 8 9
6 4 9 3 7 1 2 5 8
河合 加藤 曽根 主・田口 小松 藤原 北居 大名 近藤
学年 3 2 2 3 3 3 3 3 3
出身中 習志野三 磯辺一 花見川一 花園 幕張 千草台 高浜 高浜 磯辺一
打数-安打-打点 4-1-0 4-0-0 3‐2‐0 3‐1‐0 3‐1‐1 3‐1‐1 4‐0‐0 4‐1‐0 3‐0‐0
土気 1 2 3 4 5 6 7 8 9
4 9 7 6 2 5 8 1 3
河名 足立 飯田 鳩川 高橋 星野 清原 島本 伊藤
土気、大敵の検見川を撃破、無欲の勝利
新鋭、初出場の土気が島本の力投でCシードの検見川を撃破する大金星を挙げた。
検見川は、土気の気迫の前に精彩を欠き、不覚をとった。
初回、土気は、トップ河名が四球。足立が送り、飯田が右中間を破る三塁打で1点。スクイズで追加点を奪う。
3回にも土気は、1四球、1安打と敵失で好機を掴み、高野の犠飛で1点追加。
6回には、島本に2塁打の後、足立のタイムリーで突き放し、島本に力投で逃げ切った。
検見川は、4回小松、6回藤原の長打で2点をかえしたが、そこまで。7安打を生かせなかった。
それでも3試合連続コールド勝ちはなかなかのものです。が、対土気戦に関しては、所詮、高校生同士の戦い。相手の気力が上回り、受身になった時は厳しい試合になります。高校野球は強い学校が必ず勝つとは限りません。    
                                                   2009年2月事務局 記
1985年 第67回千葉大会 2回戦】於 天台球場  1985年7月18
1 2 3 4 5 6 7 8 9
四街道 0 0 3 0 0 0 0 0 0 3
検見川 0 0 0 0 0 2 0 2 × 4  
四街道 : 花沢 - 鶴川
検見川 : 池田 - 北居
2塁打 上田 (四)
四街道 1 2 3 4 5 6 7 8 9
5 3 7 7 1 2 9 8 4 6
福地 上田 萩原 山本 花沢 鶴川 渡辺 伊藤 名和 斉藤
検見川 1 2 3 4 5 6 7 8 9
8 4 6 7 3 9 1 2 5
近藤 加藤 河合 小松 主・田口 曽根 池田 北居 高橋
学年 3 2 3 3 3 2 3 3 2
出身中 磯辺一 磯辺一 習志野三 幕張 花園 花見川一 高洲二 高浜 天戸
打数-安打-打点 3-0-0 3-2-0 3‐0‐0 3‐1‐0 3‐1‐1 3‐1‐0 4‐3‐2 3‐1‐0 4‐1‐1
検見川が終盤反撃
四街道は2回、池田の突然の乱れで3点を先行。苦しい試合展開になった検見川は、6回加藤の内野安打のチャンスに
田口、池田の適時打で2点。8回は小松の中前打でチャンスを、池田の同点打、高橋の逆転打を放ち、シード校の
面目を保った。
揺さぶり作戦、逆転に導く!
・首を傾げたくなるほど執拗な4,5回のバンド攻撃。しかも成功したのはゼロ、「体の大きな花沢投手と揺さぶろうと失敗を
恐れずやってみた。あれでいくらか疲れを与えたのでは」と石野監督。そして6回からバッターボックスの真ん中に
たたせていたのを、前か後の両極端にした。
1点目の田口は前。逆転の高橋の一打は後ろ。とつまり「球」が落ちる前か、「球」の落ちる後ろに立たせたらようやく快打がでた。
1985年 第67回千葉大会 3回戦】於 市原臨海球場1985年7月19
1 2 3 4 5 6 7 8 9
検見川 0 0 3 0 0 0 0 1 0 4
幕張西 1 0 0 0 0 0 0 2 0 3  
検見川 : 池田 - 北居
幕張西 : 鈴木 - 並木
2塁打 河合、小松 (検)、鈴木、三橋(幕)
検見川 1 2 3 4 5 6 7 8 9
8 4 6 3 3 9 1 2 5
近藤 加藤 河合 主・田口 小松 曽根 池田 北居 高橋
学年 3 2 3 3 3 2 3 3 2
出身中 磯辺一 磯辺一 習志野三 花園 幕張 花見川一 高洲二 高浜 天戸
打数-安打-打点 4-0-0 3-1-1 4‐1‐1 2‐0‐0 4‐1‐1 4‐1‐0 3‐1‐0 3‐0‐0 3‐2‐0
幕張西 1 2 3 4 5 6 7 8 9
8 9 1 7 3 4 6 2 5
吉井 久津間 鈴木孝 三橋 田久保 木村 岩佐 並木 内海 春山
検見川が辛うじて逃げ切った。
先取点は幕張西。初回、吉井が四球。盗塁。1死後、鈴木が三遊間を破って先制した。
一方、検見川は3回、四球でためた走者を加藤、河合が長短だしてかえし、暴投もあって3点を取り逆転。
8回、検見川は、小松の2塁打で1点を加えた。その裏、幕張西は、鈴木の2塁打と敵失を絡めて2点を取り迫ったが、あと1点届かなかった。
幕張西・長谷川監督反省しかり。
・上手くやれば、5-3で勝っていた。しかし上手くやらせないのが強いチーム。検見川の方が精神的に上ということ。と長谷川監督。
検見川・石野監督
・うちはバンドが下手。よく練習したはずだが…。次の試合まで2日あるので、死ぬほどバンド練習をしてきます。勝ちながら渋い表情。
次の試合は、こんな試合は出来ない…。
1985年 第67回千葉大会 4回戦】於 天台球場1985年7月22日
1 2 3 4 5 6 7 8 9
千葉経済 2 0 2 3 0 2 3     12
検見川 0 0 0 0 0 0 0     0 7回コールド
千葉経済 :鈴木孝 - 鈴木隆
検見川 : 池田、藤原 - 北居
3塁打 曽根 (検) 
千葉経済 1 2 3 4 5 6 7 8 9
4 7 6 2 8 5 3 1 9
白井 神丸 千野 鈴木隆 小松 佐藤 光井 鈴木孝 蒔田
検見川 1 2 3 4 5 6 7 8 9
5 4 6 7 3 1 1 9 2 8
高橋 加藤 河合 小松 主・田口 池田 浜田 藤原 曽根 川上 北居 大竹 近藤 富岡
学年 2 2 3 3 3 3 3 3 2 3 3 3 3 3
出身中 天戸 磯辺一 習志野三 幕張 花園 高洲二 緑町 千草台 花見川一 花見川二 高浜 千草台 磯辺一 習志野三
打数-安打-打点 2‐0‐0 2-2-0 2‐1‐0 3‐1‐0 3‐0‐0 1‐0‐0 1‐0‐0 1‐0‐0 2‐1‐0 1‐0‐0 2‐0‐0 1‐0‐0 2‐0‐0 1‐0‐0
波乱 検見川コールド負け
接線が予想された一戦だったが、検見川・池田の出来がいまひとつ。バックも足を引っ張り、最悪のケースとなり、千葉経済はわずか6安打にも関わらず大量12点を奪い、思わぬ大差で7回コールド勝ちした。
初回、千葉経済は一番白井が左前打。続く神丸は遊ゴロは失策を誘い、1、2塁。千野の送りバンドの後、鈴木隆は三振。小松は左前打。2者を迎え入れ先制した。
3回、千葉経済は、2連続四球を活かし、光井が左前にタイムリー。2点を追加した。この4点で主導権を握った千葉経済は、4回、2四球を足場に神丸の安打から2ランスクイズなども絡め、3点を加えた。6、7回にも2番手・藤原を攻め、5点を挙げ、試合を一方的にした。
検見川は、カーブを有効に使う鈴木孝の力投の前に安打、四球を出すが決定打がない。6回には3連打で1死満塁と反撃機を掴んだが、後続に一発が無く、Cシードらしさも出せず、コールド負けに泣いた。
検見川はCシードということで選手全体が何となく動きが固く、エース池田にいつものタマに切れが無かったのが誤算。
「糸がプツンと切れた」’粘りの検見川’に落とし穴
12-0。予想外の苦戦だった。「糸がプツンと切れてしまったら、後は風に飛ばされた凧の様に、もうメロメロになっちゃいました。それにしても完敗でした。」試合後、選手達がグランドから姿を消した後も、検見川の石野監督は1人グランドをながめていた。
エースの池田はこの日、左脇腹の痛みに耐えて、マウンドに立った。一球入魂の気迫で投げ続けたが、コントロールに苦しんだ。
千葉経済に与えた四球は12を数えた。
田口主将は「絶対勝てると思っていた。正直言ってどうして負けたのか判らない。アッという間に点を取られてしまった。」と悪夢を見ているように話した。そして、「池田はよく投げました。4月に脇腹を痛め、はりをうって痛みを止めながら投げたんです。」
''粘りの検見川'といわれていた。1回戦で負けないプレーをしよう!を合言葉に、夏の大会に臨んだ。四街道、幕張西。この日の試合が3戦目だった。
控え室ではほとんどの選手が目を赤く腫らしていたが、そんな中で、「1,2戦が苦しい試合だったので、今日の試合は気が引き締っていなかったのかもしれない」と田口主将。
ミーティングが始まった。「一生懸命やったけど気が緩んだんだ。糸が切れてしまった。コールドという負け方をしたが、3年生はよくやった。これからの人生で、3年生にはコールド負けは無い。人生を放棄しない限り、コールド負けは無いのだ。ということをしっかり覚えて欲しい。」石野監督の目も潤んでいた。
10期生の記録は秋の大会5勝。3回目のベスト8.春はシード校で、3勝。すべてコールド勝ち、夏もシード校で2勝。通算10勝3敗!立派な数字です。
1〜10期生までの記録を読み返すと、着実にそのチーム力がアップしてきていると実感しました。1976年の第58回の初勝利以来、各世代とも勝利を目指し、懸命に戦い、運不運もあり、勝ち負けを繰り返しながら、新設校検見川高野球部に色々な教訓を刻込み、技術・精神の成長を導いてきたのだと思います。
67回大会の千葉経済戦の新聞記事には、’粘りの検見川’に落とし穴 と記載されてます。
おそらく、以前にも検見川の試合を何試合が見てきた新聞記者さんが、検見川野球部は’粘り強い’と思ってくれていたのでしょう。
この試合は心技体がかみ合わず、負けてしまいましたが、’粘りの検見川’ とても誇らしい言葉だと私は思います。
2009年2月 事務局 記